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猪俣信子句集『燕の子』

「在所への愛着」  友岡子郷
 

 作者の略歴によると、朝日カルチャーの私の俳句講座に入られたのは、平成十八年四月とある。岡山からの遠い参加者だった。作句はその十年余り前からのようで、そのころの句も本句集に収められている。

 

 花蜜柑かをる夜風となりにけり

 うぶすなやひばりのこゑの地より湧く

 

 私の知らない句だが、そのけれん味のない感性は、今の私にもまっすぐ伝わってくる。

 この俳句講座で私が主張したのは、主として次の三点。〈俳句は詩(散文的な説明を排す)〉、〈自分の詠みたいものを詠む。題は個々自白〉、〈平凡なことばでも心がこもるものは良い〉。そして時折、〈自分の身のまわりの社会的事情にも関心を持て〉と付け加えた。

 とは言っても、みんながみんな右へ並べという主張ではない。ことに句歴の浅い人は有季定型を逸脱し、仮名遣いもいいかげん。大幅な手直しを要した。そんな中で、猪俣さんの投句はいつも正常で、そんな労を要しなかった。

(中略)

講座の終わるころの句、つまり近作になると、以前とはちがう内意が感じとれる。

 暮れなむとして暮れきらず木守柿

 明るさは小鳥のこゑの二月かな

 山からの小鳥が庭にふきのたう 

 山の集落梅雨の灯の一つづつ

 雨音の激しくなりぬ燕の子

 裏山の向うは知らず冬紅葉  

 年の瀬の木々に鳥ごゑ暮れ残り

 野仏のまばたき水草生ひにけり

 

 以前のようなほどよい仕組みで一句をまとめるのではなく、一景一物に心をそそいで句を成している。自己と対象の隙が無くなる。それは在所への愛着の深まりであると言える。 (『燕の子』序文より抜粋)

発行:2019年4月15日
栞・帯文:友岡子郷

装丁:田中淑恵
四六判上製本 200頁
2500円+税

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◆帯文より
「山一つひとつ消えゆく梅雨深し」
 この句に心の奥行を与えているのは、結びの「梅雨深し」である。梅雨の時期が長く続いている情景をとらえてのことだが、そればかりではない。その梅雨の長さを自己の心情に取り入れている。その心情化によって、「山一つひとつ消えゆく」が、たんなる叙景ではなく、どこかかそかな惜別にも似た情感を誘い出している。
 「山一つひとつ」は、ふだんは在所から見慣れ親しんだ外景にちがいない。季語一つ、用語一つで、俳句の内意に深浅が生じる。

(友岡子郷)

◆作品抄10句

花蜜柑かをる夜風となりにけり
廃屋も茗荷の花も風の中
うぶすなやひばりのこゑの地より湧き
煮凝や濤音遠くひびきくる
鮠の影鮠よりも濃き七五三
初燕赤子を抱いて野にひとり
大霜や亡き人ふいに思はるる
山からの小鳥が庭にふきのたう
雨音の激しくなりぬ燕の子
裏山の向うは知らず冬紅葉句

<著者略歴>

猪俣信子(いのまた のぶこ)
昭和18年、香川県生まれ。平成6年より俳句を始め、平成18年、朝日カルチャー友岡子郷講座入門。「白露」を経て、現在は「郭公」岡山句会に在籍。